家族信託は信託の仕組みを利用した家族への財産管理や承継のことをいいます。
改正信託法で、高齢者の財産管理や遺産の承継に信託を利用しやすくなったこともあり、近年注目されている制度のひとつです。
まずは信託の仕組みを解説しましょう。信託には、財産を持っている“委託者”と信託を任される“受託者”と利益を継承する“受益者”の三者が登場します。
ここで、受託者の“信託を任される”ということは、委託者の希望に沿った方法で受益者に財産を継承するために、財産の管理・処分を依頼されるということです。
受託者は、家族でも良いし、委託者が信頼できる他人(家族・親族以外の人)でも良いのです。
但し、長期にわたる責任と義務を負いますので、次の人は欠格事由をもつとされています。
受益者の“利益を継承する”ということは、委託者から継承された財産の管理処分を任されるということです。但し、ここで覚えておいて欲しいのは、“利益を継承する”のだから、負債に関しては、一切関係ありません。この点が相続と異なるところです。
信託には、次の3つがあります。
生前に受託者と受益者を指定。受託者と信託契約を結んでおく。その際に受益者の順位指定も可能。
遺言書の中で、勝手に相続財産の受託者と受益者を決めておく。その際に受益者の条件指定や順位指定も可能。
自分が委託者と受託者と受益者を兼ねる。これを“信託宣言による信託”という。
何のためにする信託かは不明となるが、する事は可能。
信託には、次の3つがあります。
受託者を決めて依頼承諾を得るかあるいは、勝手に遺言状に記してしまうこともできる。
遺言の場合は、財産を遺した人が死亡した場合、その財産は相続継承権によって、自分の意思に反した人に、財産が継承される可能性があります。
しかし、家族信託の場合は、受託者に受益者の選定に関し、自分の意思を自由に伝え任せることができ、受託者が委託者の財産を管理しているので、自分が死んだ後でも、委託者の想いをそのまま受託者が実行してくれます。ですから、法定相続の範囲や順位にとらわれず、委託者の想いのままに遺産を遺す受益者の順位付けをする事ができます。
受益者には、先述したように負債に関しては継承されません。
そのため、委託者が倒産のような大きな負債や賠償責任を負ったとしても、受益者に継承された財産については、一切関係ないものとされ、守られます。
例えば、家族信託によって、受託者を妻に、受益者を息子に設定し、継承する利益を“不動産と有価証券や預貯金の一部”としたとします。その後、委託者の会社が倒産し、莫大な債務を背負ったとしても、家族信託した受益者の財産には、債務の執行権が及びません。
つまり、息子の継承財産は手つかずのまま守られるわけです。
不動産の共有者の場合、全員の意見が一致しないと処分できません。
特に相続の場合は、全員の承諾が認められないと処分不可能となり、そのまま長い間紛争が続き不動産が放置されることもあります。それを不動産の“塩漬け”といいます。
しかし、委託者が受託者に受益者を指名しておけば、塩漬け防止機能になります。
受益者の順位付けもできるので、紛争になりません。
課税問題以外、特にデメリットはありません。
信託問題に関係ないが付随するデメリット
課税問題が発生するかどうかは、シンプルに所有権の移動があるかないかによって決まります。ですから、信託が終了した時点で、委託者から受益者に財産が継承され、所有権が移動した時点で、相続税や贈与税が発生します。
しかし、信託が終了していないのに、“見なし贈与”とみなされ、贈与税がかかる場合がありますので注意が必要です。
そもそもみなし贈与とは何でしょう?本人が贈与された意識がないのに、税務署から贈与されたとみなされることをいいます。例えば、相場1億円の価値の土地を義父から娘婿が、そうとは知らずに3,000万円で購入した場合、税務署は、これを7,000万円のみなし贈与と判断し、娘婿は贈与税を請求されます。
そもそも、家族信託の目的は、信託の終了時に受益者に利益を継承させることです。
ですから、普通に考えて、財産の所有権の移動が起こりようのない信託とは、信託が終了しても信託による課税対象にならないケース、すなわち、受益者を自分に設定する(委託者=受益者)です。
信託終了時の受益者が誰であるかに焦点が行きがちです。ところが、税金の贈与の定義は、“所有権の移転”です。利益の継承なんて関係ないのです。所有権の移転が起れば、それは税務的には、例え本人の意識が贈与でなくても、たとえ実際に贈与されたわけではなくても『贈与』とみなされます。さて、ここで贈与された事実がないのに、贈与とみなされてしまう家族信託の“みなし贈与”とは、どこで起きているのでしょう?
それは、委託者が受託者に財産の管理・処分を任せ、その手続きを行った時点で起ります。
例えば、受託者が管理するために、不動産の名義を委託者から受託者に移行した場合、税務署からは、「不動産の名義変更があった=所有権移転完了」と判断されてしまうのです。
実際は、受託者は委託者の意思に従って管理し、委託者の意志に従った処分権限があるだけで、実際の所有権を持っているわけではありません。だから、税務署の観点からすると、あくまで所有権の移転がなされたかのように見える、すなわち、贈与されたかのように見える、まさに本人に意識のない“みなし贈与”です。
こうして、税務署から受託者は贈与税を請求されてしまうケースが多いのです。
だとすると、委託者=受益者であろうと、委託者≠受託者であろうと、税務署には全く関係なく、委託者から財産を預かった時点で、受託者は“みなし贈与”が行われたと税務署は判断します。しかし、受託者が家族の場合、“みなし贈与”が表沙汰にならない場合も多いのも事実です。ですが、特に第三者に受託者を依頼する場合は、受託者に“みなし贈与税”請求されることを委託者は意識しておくべきでしょう。
委託者が受託者を選択する事によって、親族間が揉め事を引き起こしてしまうケースもあります。受託者が、委託者の意思によって財産を管理・処分するといっても名義変更や財産を預けるわけですから、異議を唱える人も出てきやすいのです。その結果、家族が揉めないために行った家族信託が家族の揉め事を引き起こし、家族信託さえもできなくなってしまうこともあります。
委託者を父、受託者を叔父、受益者を長男と設定した場合、信託の終了は、父が死亡したときです。受託者として叔父が管理していた父の財産は、全て長男に継承されます。
すなわち、長男総相続のようなものです。この場合、信託問題とは別に、相続問題として、法定相続の遺留分請求権が法定相続人に発生します。そのため、相続減殺請求の可能性が否めません。
家族信託は、まだできて間もない法律なので、判例がほとんどなく、裁判になった場合はどうなるか、法定相続の権利と信託の権利をどう扱えば良いのか、どちらが勝っているのか等、裁判所も解決の方法に迷うのが実情です。これから長い年月をかけて、判例ができていくでしょう。
基本的に、家族信託に手続き費用はかかりません。受託者を弁護士等専門家にした場合でも、受託者依頼のための手続き料金は一切かかりません。一般の弁護士や司法書士等の費用はかからないと覚えておきましょう。
信託契約を結べるのは、内閣総理大臣の免許を受けた信託会社のみですから、例え弁護士でも、弁護士の仕事として受託者となり報酬を得た場合は、弁護士法によって処罰されます。
受託者を法律の専門家にしておくことで、受託者として受益者に最も有利になる方法をとってくれるという期待も持てるし、公正証書にする際の手続き代行(専門家の委任代行手続き費用が必要)時に心強いというメリットもあります。
但し、契約による家族信託の場合を公正証書にした場合、公正証書の事務手続きに、弁護士や司法書士等に代理人として事務手続きを委任した場合は、普通に代理人費用と公証役場の公正証書作成事務手続き費用がかかります。
委託者と受託者で、一緒に公証役場に行って公正証書を作成した場合は、公証役場の事務手数料のみです。財産の金額によって費用は変わりますし、自分で行う場合は、後見人が必要な場合もあります。これらは家族信託手続きの費用ではありません。手続き費用がかからないところが、家族信託のメリットなのです。
家族信託とは、自分の財産を自分で管理できなくなったときに、自分の思い通りに財産を継承したい人のための法律です。どのような人が家族信託を検討すべきなのでしょうか?
財産を大切な人に遺したい場合、さまざまな想いをこめて財産を継承したい人に正しく財産を継承させるために、“家族信託”という法律ができたのです。例えば、本来の法定相続人以外の人に財産を遺したい場合、法定相続人の法定順位に逆らって財産継承の想いを実現したい場合、条件付で財産を遺したい場合・・・etc.です。
<契約による信託>
子どものいない夫婦の場合
認知症の妻を遺し、自分(夫)が死んだ後も、妻が幸せに医療老人ホームで今まで通り暮らせるようにと、自分の財産全てを妻が入所している施設の所長に信託契約を結ぶ。
障害のある長女がちゃんと暮らしていけるように、信頼できる第三者を受託人にし、信託契約を結ぶ。
自分が死んだ後に遺された子どもが施設に預けられる場合、子どもの教育費等を遺すために施設長を受託人として信託契約を結ぶ。
自分が死んだ後に会社が倒産しても負債が妻子にいかないように親友を受託人に信託契約を結ぶ。
天涯孤独の人が、病気になったときに、自分の意識がはっきりしなくなっても、認知症になっても、最後まで老人ホームに面倒を見てもらうために、老人ホームの施設長と信託契約を結ぶ。
自分の死後にペットの面倒を見てくれるペットショップのオーナーと条件付の信託契約を結ぶ。
<遺言の中で信託>
遺言では紛争が起る可能性が高い場合、自分の想う通りに財産を継承したい人に順位をつけて財産継承権を遺言する。
節税対策にはならないので、自分の想いを死後も実行したい人、認知症等で自分の意思をしっかり持って最後を迎えられ無い人が、自分の思うような最後を遂げたい等、財産の継承に想いを託したい人のための法律なのです。もしもの時のために、少なくとも血族でない第三者を受託者に信託契約を結ぶ場合は、受益者である大切な人のために、公正証書に遺した信託契約をお勧めします。
子どもに迷惑をかけないよう、あるいはやり残したことがないようにと最近還暦を過ぎた人々の間で、“終活”という言葉が広まりつつあります。家族信託も終活のひとつといえるかもしれません。