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荒川区 エリア情報
- 概要
- 荒川区は東京23区の北東部に位置し、墨田川をはさんで北に足立区、東に墨田区があり、南側に台東区と文京区、西側に北区と豊島区が隣接しています。区の面積は台東区に次いで23区で2番目に小さい(10.16平方キロ)ものの、近年は人口の増加が進み人口密度では23区で第3位となっています(2018年調べ)。区のエリア構成は、中央部にある荒川・町屋エリア、南の日暮里エリア、西の尾久エリア、東の南千住エリアに分かれており、どのエリアにも民家や商店街が多く、昔ながらの下町の趣を残していますが、一方で日暮里や南千住では大規模な再開発が行なわれ、タワーマンションや大型の商業施設が次々に誕生しています。また、荒川区は幸福実感都市を宣言して区民の暮らし向上に取り組んでおり、子育てで悩む保護者を対象とした無料電話相談を24時間年中無休で専任スタッフが対応するなど、その独自な行政サービスが注目を集めています。
- 交通アクセス
- 荒川区には、JRの山手線や常磐線、東京メトロの千代田線・日比谷線、私鉄の京成電鉄とつくばエキスプレス、東京都交通局の日暮里舎人ライナーと都電荒川線の8路線が走っており、都心へのアクセスも、千葉・茨城方面へのアクセスも良好。とくに成田空港へは、京成スカイライナーで日暮里から約36分という便利さです。主な駅では、JRほか複数路線が交わる日暮里駅と西日暮里駅、京成本線と千代田線が通る町屋駅、常磐線・日比谷線・つくばエキスプレスの3路線が交わる南千住駅が有名です。また、東尾久の熊野前駅には都電荒川線のほかに日暮里舎人ライナーの駅も開通し大変便利になりました。道路網は東西に明治通りが走り、南北に日光街道、尾竹橋通り、尾久橋通りが通っていますが、大通りを一歩入ると幅員の狭い道が多く、庶民的な街並みや小さな商店などが残っています。
- 歴史メモ
- 縄文・弥生時代の荒川区は大部分が海でしたが、日暮里の台地だけは陸地で、そこからは道灌山遺跡や貝塚が発見され、当時から集落があったことが確認されています。江戸時代に入ると墨田川に千住大橋が架けられ、日光街道の千住宿は行き交う多くの旅人で賑わいました。この頃の荒川区は江戸近郊の農村地帯として発展し、汐入大根や三河島菜などが名産となりました。明治時代に入ると政府の殖産興業政策により、墨田川の水運を利用した官営の千住製絨所(被服生地の製造所)が明治12年に南千住に設立され、昭和20年の敗戦まで操業が続けられ、国内の繊維・被服産業に貢献しました。その後この跡地には、昭和37年にプロ野球の大毎オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の本拠地野球場「東京スタジアム」が建設されましたが、昭和47年にオーナー企業の経営破綻で球場は閉鎖・撤去。現在は荒川総合スポーツセンターや南千住警察署の立地となっています。
- 特色・スポット
- 荒川区のシンボルともいえるのが区を東西に走る都電荒川線です。南千住の三ノ輪橋駅を起終点とし、早稲田駅までの全29の停留所のうち12停留所が区内にあり住宅街を縫うように走っています。路線の荒川・町屋地区にはもんじゃ焼きや駄菓子のお店なども多く、昭和のレトロな風情が残っています。23区内で唯一の区営遊園地「あらかわ遊園」も都電の荒川遊園地前駅から近く、低料金で遊べるスポットとして幼児のいる家族に大人気です。また、荒川区は面積こそ小さいものの広い公園が多く、とくに都立尾久の原公園や荒川自然公園は子供たちの遊び場としても、大人の散歩エリアとしても人気があります。なお、東京大学合格者で全国トップの進学校、開成学園も西日暮里にあり、荒川区民にとっても自慢となるシンボルとなっています。
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